競馬

地方競馬所属で歴代最強馬は?! TOP10で徹底解説

地方競馬の中で歴代最強馬はどの馬になるのでしょうか。

中央競馬と違い、主戦場が全国で異なる地方競馬ではどの馬が強いというのは、地方競馬ファンにとってもバラバラになりやすいものです。

また、オグリキャップのように地方デビューで中央に転厩したG1馬もいれば、ノンコノユメやサウンドトゥルーみたいに中央のG1馬が地方へ転入した馬もいるので、最強馬の選定がしづらいともいえます。

そこで、今回は地方所属のままデビューから引退まで活躍した歴代最強馬をTOP10で解説していきます。

10位 ロッキータイガー ジャパンCで皇帝の2着と大健闘

1981年産            父ミルジョージ    25戦10勝

1983年に南関東競馬でデビューすると、2歳時は5戦して1勝止まりというほろ苦いスタートを切っています。
南関東三冠レースではキングハイセイコーに連続で惜敗し、三冠をかけた東京王冠賞では遂に逆転して重賞制覇を飾りました。

翌年は本格化して春は無敗のまま帝王賞を勝利し、地方重賞5連勝を飾って、名実ともに南関東最強馬に君臨します。

ロッキータイガーは同年のジャパンカップの出走権をかけて第22回東京記念に出走し、テツノカチドキとの叩き合いを制しました。

同馬は第5回ジャパンカップに出走しますが、当時は海外の馬の強さが目立ち、加えて初の芝コースということから11番人気と低評価になりました。

さらに、1番人気に支持されたのが皇帝シンボリルドルフ。ロッキータイガーの勝つ可能性は限りなく低いと見られていました。

レースではシンボリルドルフが好位からスッと抜け出すと、後方から鋭い脚で伸びてきて2着を確保。

3着から6着までは外国馬が勢ぞろいしたことを考えると地方馬として大健闘といえるレース内容でした。
80年代を代表する地方馬といえます。

9位 スイフトセイダイ 南関東勢と激闘を繰り広げた東北の星

1986年産            父スイフトスワロー           51戦27勝

岩手競馬に所属し、1988年にデビューすると同年は無敗のまま9連勝を飾ります。

翌1989年には地方馬の最強馬を決めるダービーグランプリを制覇して、地方最強馬に名乗りを挙げます。

次走を暮れの東京大賞典に定め、一時的に南関東競馬場に移籍しますが、同期で現役最強牝馬といわれたロジータと対決し、4馬身差と完敗を喫しました。

その後は岩手に戻り連勝を重ね、暮れには再度南関東競馬に移籍して東京大賞典を目指しますが、ここでダイコウガルダンとの叩きあいの末、クビ差敗れてしまいます。

5歳となった1990年には中央競馬にも挑戦し、オールカマーに出走しますが5着に敗れています。

その後は岩手競馬専念して活躍。

6歳となった1992年以降は同期のグレートホープや1歳下のトウケイニセイ、3歳下のモリユウプリンスらが台頭し、徐々に勝てないレースが続きました。

それでもデビューからオールカマーで敗れるまで30戦連続連対を果たすなど、89年代後半から90年代前半にかけて岩手競馬を代表する名馬となったのは間違いありません。

8位 ライデンリーダー 地方交流元年に衝撃の末脚で中央に殴り込み

1992年産            父ワカオライデン              24戦13勝

1995年NARグランプリ

1994年に笠松競馬でデビューすると、瞬く間に9連勝を飾り、3歳となった初戦も大差勝を収めて、陣営は中央への挑戦を決断します。1995年は地方交流元年となり、地方在籍のままクラシック出走が可能となりました。

笠松で無敵状態となり、鞍上には笠松のトップジョッキー安藤勝巳とあって、オグリキャップやオグリローマンと重ねるファンも多数いました。

迎えた中央初戦はG2で阪神芝1400mの4歳牝馬特別(現:フィリーズレビュー)。

16頭立てのフルゲートの中、初の芝コースということもあってスタートから後方に待機。

中団でもがきながらも大外へ持ち出すと、凄まじい末脚を繰り出して完勝。
多くの競馬ファンの度肝を抜く形になりました。

桜花賞では1番人気に支持されるも4着。
オークスは13着となり、秋のローズSで3着に入るも、その後は中央競馬で結果を残すことができませんでした。

G1を勝てなかったものの、地方交流元年に突如として現れたヒロインで、中央競馬のファンに安藤勝巳を初めて知らしめた馬でもあります。

また、後に中央競馬で数々のG1を勝利した安藤が、笠松での現役引退を回避して中央競馬に挑戦するきっかけとなったのが、このライデンリーダーの功績ともいえます。

7位 トウケイニセイ  名手にメイセイオペラより強いと言わしめた岩手の英雄

1987年産            父トウケイホープ              43戦39勝

1989年に岩手競馬でデビュー戦を勝利して後に屈腱炎となり、長期休養を余儀なくされます。

1991年に復帰すると1992年10月まで18連勝を飾ります。
1993年には地元盛岡でみちのく大賞典に出走し、これが初の重賞制覇となりました。

同年から2年続けて南部杯を制覇し、岩手競馬を代表する馬となっていきます。

1995年には地方交流元年として南部杯にもライブリマウントら強豪税が揃い、ここで3着に敗れてここまで41戦続いた連対記録がストップしてしまいます。

生涯43戦のうち、39勝、2着3回、3着1回というほぼパーフェクトな成績を残し、ほとんどのレースで主戦を務めた菅原勲騎手は、後に中央競馬でG1を勝利するメイセイオペラよりもトウケイニセイのほうが強かったとコメントしています。

交流重賞となったのがすでに8歳を迎えていたこともあり、中央競馬ではほぼ無名で終わったのが残念といえます。

6位 ロジータ 繁殖牝馬としても優秀な南関東最強牝馬

1986年産            父ミルジョージ    15戦10勝

南関東競馬で1988年にデビューすると、重賞3連勝を飾ります。
牝馬路線に進まず、陣営は牡馬三冠ロードに挑戦する決断を下し、羽田盃と東京ダービーを完勝で期待に応えます。

秋は中央競馬に挑戦し、オールカマーで5着。
三冠をかけた東京王冠賞も危なげなく勝利し、牝馬ながら南関東三冠制覇を達成しました。

ジャパンカップでは大敗を喫しますが、暮れの東京大賞典で古馬を撃破し、翌年の川崎記念では単勝1.0倍という圧倒的な人気で圧勝を飾りました。

同馬は早期の繁殖入りを渇望されたため、このレースで引退となっています。

ロジータは繁殖牝馬としても優秀で、レギュラーメンバーの母となるシスターソノ、皐月賞2着のオースミサンデー、G3を2勝したイブキガバメント、交流重賞4勝のカネツフルーヴらを輩出しています。

5位 アジュディミツオー カネヒキリに勝ち、ドバイWCでも6着の古豪

2001年産            父アジュディケーティング              27戦10勝

アジュディミツオーは2003年にデビューし、翌年の東京ダービーを制して世代の頂点に輝きます。ジャパンダートダービーでは4着に敗れますが、JBCクラシックではダート界のトップクラスとなっていたアドマイヤドンと3/4馬身差の2着と大健闘を見せています。

年末の大一番となった東京大賞典では、中央勢を尻目に逃げ切り勝ちを収めて地方を代表する馬となりました。

同馬は2005年のドバイワールドカップに招待されて遠征し、世界の強豪相手に6着とここでも大健闘を見せました。

その後は東京大賞典を連覇し、2006年には川崎記念とかしわ記念を勝って統一G1を4勝します。

次走は帝王賞に登録し、1番人気は現役ダート最強馬となっていたカネヒキリ。

アジュディミツオーは果敢に逃げ、好位から押し進めるカネヒキリを凌ぎ切りました。

中央競馬では勝つことができなかったものの、統一G1では5勝を挙げた実力は歴代最強馬としても申し分ない実績といえるでしょう。

4位 コスモバルク 中央三冠に挑戦し、国際G1を制す

2001年産            父ザグレブ           48戦10勝

2004年NARグランプリ

ホッカイドウ競馬に所属し、デビュー戦は2着となり、4戦を消化して2勝とまずまずのスタートとなりました。
地方所属ながらダートよりも芝への適正が感じられ、5戦目は鞍上に五十嵐冬樹騎手を擁して東京競馬場の百日紅特別に出走し、9番人気という低評価ながら先行押し切りで優勝しました。

その後、ラジオたんぱ杯2歳S、弥生賞を勝利し、一躍クラシックへの星となり、迎えた皐月賞では1番人気に支持されます。
しかし、ダイワメジャーを捕えることができず2着に敗れ、ダービーでは8着に敗れました。

秋は地元で1戦した後、セントライト記念に出走して見事勝利。
菊花賞では4着に惜敗し、かかり癖のある同馬はルメール騎手を配してジャパンカップに臨みます。

同レースは本格化したゼンノロブロイの前に敗れますが、それでも2着を確保して強さを見せつけました。

翌4歳時には未勝利に終わるも、5歳となった2006年にシンガポールに遠征し、国際G1となったシンガポール航空ICでは番手で折り合いをつけてレースを進め、直線で抜け出すとそのままゴール。

地方所属で初の芝G1、海外G1を制する快挙を達成しました。
同レースには翌年にも出走し、シャドウゲイドの2着に入って日本馬のワンツーフィッシュを達成しています。

地方所属で中央クラシックに一番近かったのが同馬で、同期にはG1を5勝したダイワメジャーやキングカメハメハ、1つ上にはゼンノロブロイ、1つ下にはディープインパクトと怪物クラスの名馬たちが揃っていたのが不運といえるでしょう。

3位 アブクマポーロ 中央馬を蹴散らして交流G1を4勝

1992年産            父クリスタルグリッターズ              32戦23勝

1997・1998年NARグランプリ年度代表馬

3歳(馬齢は新表記で統一)となった1995年に大井競馬場でデビュー戦を飾り、1.1秒さを付けて圧勝しました。
その後メキメキと力を付けていき、1997年に5歳となって大井記念を勝つと帝王賞ではクビ差の2着と健闘しました。

同年の暮れにG3のウインターSを1番人気で勝利し、翌年の川崎記念では1着となって初G1を制覇しました。
そこからダイオライト記念、かしわ記念、帝王賞と中央の強豪やメイセイオペラを下して名実ともに地方を代表する最強馬となっていきます。

その後も東京大賞典や川崎記念を制し、ダイオライト記念を連覇後、7歳でも現役続行となりましたが、左脚の飛節をねんざするケガが致命傷となり現役を引退しています。

アブクマポーロは交流ダート重賞9勝でG1を4勝という快挙を達成しました。

後に中央G1を制することになるメイセイオペラを3度も退けたことから、同馬を最強馬と推すファンも多いといえます。

2位 メイセイオペラ  史上初の地方馬所属で中央G1制覇

1994年産            父グランドオペラ              35戦23勝

1999年NARグランプリ年度代表馬

1996年でデビュー戦を勝利後、しばらく勝ち切れないレースが続きますが、6戦目から一気に9連勝を飾り東北ダービーを1番人気で制しています。
交流重賞ではいいところがなく、4歳となった1998年には川崎記念と帝王賞でアブクマポーロに完敗。
しかし、地元水沢で行われたG3のマーキュリーCでは中央勢を抑えて7馬身差の圧勝劇を演じました。

10月の南部杯では不良馬場の中、中央勢とアブクマポーロを突き離して快勝。マイル戦では強い力を見せつけました。

暮れの東京大賞典でアブクマポーロの2着となった後、陣営は川崎記念ではなく、中央競馬のフェブラリーSに参戦を決定します。

地方からの参戦やマイル戦に強いこともあって、当日は2番人気に支持されると、芝スタートもこなして好位に取り付き、直線では力強く抜け出して2馬身差をつける快勝となりました。

盛岡競馬場には地方で唯一芝コースがあり、同馬も敗れはしたものの、1度出走したこともあって、芝が全くの未経験でないことも功を奏しました。

その後は帝王賞を勝利して地方最強馬を手にし、翌年のフェブラリーSでは0.1秒差の4着と前年がフロックでないことを証明しています。

2020年3月現在で地方所属のまま中央競馬のG1を制したのは同馬のみ。
長距離輸送に芝スタートと数々の課題を克服した同馬は、紛れもなく地方競馬歴代最強馬といっても過言ではありません。

1位 フリオーソ 最強中央勢と死闘を演じ、地方年度代表馬4回選出の名馬

2004年産            父ブランアイズタイム       39戦11勝

2007・2008・2010・2011年NARグランプリ年度代表馬

2歳時は全日本2歳優駿Sを勝利し、3歳には中央の芝へ挑戦も果たしました。
南関東での三冠レースは羽田盃や東京ダービーで敗れたものの、ジャパンダートダービーでは中央勢も退けて優勝しています。

初の古馬と対戦したJBCクラシックではヴァーミリアンの2着に入り、東京大賞典や川崎記念でも中央勢に敗れて2着。
勝てないまでも十分通用する力を見せつけていました。

その後、ダイオライト記念を勝利して帝王賞も1番人気で快勝し、古馬となって初のG1を勝ち取っています。
しかし、ヴァーミリアンやカネヒキリが復活して以降はG1を勝てないことが多く、2009年はダイオライト記念を勝ったのみとなりました。

6歳となった2010年、川崎記念ではヴァーミリアンに敗れて3年連続の2着となり、かしわ記念では新たなライバルとなるエスポワールシチーに惜敗。

またもやG1戦線で勝てない日々が続くと思われましたが、続く帝王賞では5番人気と低評価ながら、サクセスブロッケン、ヴァーミリアン、カネヒキリ、スマートファルコンといった強力メンバーを相手に2馬身半差を付ける圧勝で復活を果たしました。

その後は本格化したスマートファルコンや新勢力のトランセンドと死闘を演じ、平成を代表する地方競馬の大将として長年活躍しています。
フリオーソは地方競馬所属で獲得賞金歴代1位となり、地方競馬の年度代表馬にも4回選出されています。

フリオーソは交流重賞(フェブラリーS含む)でG1を6勝、2着が11回と近代競馬では間違いなく地方競馬最強ともいえる実力を見せました。

地方交流重賞を中央勢が席巻するようになった2005年以降、カネヒキリやヴァーミリアン、スマートファルコン、トランセンドといった日本競馬の歴史に残る名馬たちと死闘を演じたことから、フリオーソが歴代最強と推すファンも多いことでしょう。

まとめ

いかがだったでしょうか。

競馬ファンはもちろん、各地方競馬のファンの方にはもっと肩入れしたい馬もいるでしょうが、ここで挙げた馬たちはどの馬も歴代最強といっても過言ではありません。

ただ、長年活躍して中央勢のもの凄い馬たちと死闘を演じてきたフリオーソは、地方を代表する最強馬として申し分ない実績といえるでしょう。